日本全国冒険紀行

日本全国津々浦々の冒険記。失われつつある追憶の風景・入りにくいけどイイ店・ワンダフルな建築物から知られざるディープスポットまで...全国の面白いものを独自の視点で紹介!!

面長のエキゾチックフェイス 「福泉寺・首大仏」

静岡県

湯河原温泉にある「福泉寺」(住所としては静岡県熱海市)。
福泉寺・首大仏1
ここに首大仏と呼ばれる大仏がおわすという事で、大仏好きの我々としてはほっとけない!

福泉寺・首大仏2
階段を上りきる頃、向こうの方に大きな顔がこちらを見つめている。
あれだ!間違いないっ!

福泉寺・首大仏3
こちらが「首大仏」。入り口の方を見つめているので、ド正面からズンズン近づく事になる。

福泉寺・首大仏4
それにしても個性的なお顔である。
異様に長いナスビ型の顔に、日本人離れした切れ長のエキゾチックな眼差し。王道の大仏なら、ふくよかフェイスに半眼もしくは目を閉じているにもかかわらず...。

福泉寺・首大仏6
そして珍しいのは、こちら陶製である事。黒っぽい螺髪がギラリと光っている。

福泉寺・首大仏5
目の部分も陶製のため、同様に艶っぽく光っている。見開いた茶色っぽい目の眼光鋭い。
よく見ると耳穴から雑草が生え、耳毛のようになっている。

福泉寺・首大仏7
考えてみれば大仏と見つめ合える機会なんてそう無い。目を見開いてるのは稀だし、そもそも本来目線が違うからね。
暑い日ざしの中で、そのエキゾチックフェイスのその眼差しにスッと心が落ち着いた...気がした。

こちらの大仏も、やはり元は全身像で尾張藩主・徳川光友が母の供養のため名古屋城に造らせたもので、戦乱の中でここ「福泉寺」にたどりついたそうだ。
ごたごたの内に首から下の部分が行方不明になったとのこと。名古屋のどこかに、今も埋まっているのかもしれない。
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旧井上馨別邸に、泊まる! 「清光園 後編」

静岡県

幕末から明治にかけて活躍した井上馨。長州藩士時代には伊藤博文らと共に「長州ファイブ」と呼ばれ和平交渉に尽力。明治維新後は外務大臣や内務大臣、大蔵大臣など、数々の要職を歴任した。
前回に続き、そんな井上馨が湯河原に建てた別邸を改修した宿「清光園」の紹介。

清光園11
湯河原に夜の帳が下りて、前編で紹介できなかった玄関にもロマンティックな明かりが灯る。

清光園12
六角間の応接室にも。
前編でも書いたが、ここでかつて政界や財界の重要人物を招き六角間で密談していたという。風雅なものだねぇ。

清光園13
豪華な調度品に囲まれた和室。ここでこんな風に部屋の美術品を眺めていたのだろうか。

清光園14
1階廊下。廊下はうぐいす張りで、歩くと時折音がする。

清光園15
階段や窓際には装飾が施されていて、日本建築と欧米建築が融合。
夜になると光と影のコントラストが強くなって、情緒的な絵になる。

清光園16
こちら、掘りごたつの間。夜は風流で渋い雰囲気。

清光園17
そして...こちらが朝を迎えた掘りごたつの間。
きらきらと朝の光が差し、庭園を眺めながら朝食を愉しむことが出来る。

清光園18

清光園19
2階の窓からも朝日が差し込み、表面が歪んだ昔の手延べガラスが飴細工のよう。

清光園20
文明開化の音がする、当時のままの佇まいの宿に宿泊するという大変貴重な体験ができる宿。「清光園」は明治~大正時代が好きな人にはたまらない雰囲気でオススメ!
往時に思いを馳せて、泊まりたい宿ですな。

旧井上馨別邸に、泊まる! 「清光園 前編」

静岡県

幕末から明治にかけて活躍した井上馨(いのうえかおる)。長州藩士時代には伊藤博文らと共に「長州ファイブ」と呼ばれ和平交渉に尽力。明治維新後は外務大臣や内務大臣、大蔵大臣など、数々の要職を歴任した。

清光園01
そんな井上馨が湯河原に建てた別邸が、当時の佇まいそのままに宿「清光園」としてオープンしたのだ。
今回は、明治時代後期に建てられた築100年を超える湯河原の貴重な建物に...泊まる!

清光園02

清光園03
鹿鳴館外交に代表されるように舶来文化の導入に積極的だった井上馨。生活の中にも欧米の文化を積極的に融合している。
こちらの建物も日本的な木造建築の中に欧米の意匠性を取り入れている珍しい佇まい。

清光園04
この部分は応接間として活用された六角間。後ほど内部へ。

清光園05
井上馨の別荘として建てられたこちらは、もちろん旅館として建てられたわけではない。その別荘に泊まれるってトコが貴重なのだが、その上、贅沢にも家屋全体が宿泊客の空間として提供してもらえる。
この日宿泊客は我々のみ。存分に満喫できたわけだ。

清光園06
こちらが六角間の応接室。旧井上馨別邸の象徴ともいうべき部屋。日本建築の建築様式に欧米の間取り、装飾を加えた独特の雰囲気。
当時、大蔵大臣を務めていた井上馨は、時折政界や財界の重要人物を招き六角間で密談していたとか。

清光園07

清光園08
美術品収集に熱心だったという井上馨の別邸らしく、建物には各部屋に価値の高そうな品々が飾られている。
素人目にも博物館に飾られていそうな貴重なものである事が伝わってくる。こんな空間に宿泊するなんてのは、明治~大正時代に憧れを持つ我々にとって格別である。

清光園09
2階に置かれていた、見るからに年季の入りまくった椅子。それもそのはずで、井上馨はもちろん、ここを訪問した東郷平八郎もよく座っていたという椅子なのだ。
何か宿っていそうな、篭ってそうなこの椅子。通常なら「触らないでください」と注意書きがあって当然のものである。ミーハー気分で軽々しく座っちゃいかんねこれ。

清光園10
後編は、夜の「清光園」と、こんな宿で迎える清清しい朝を。

続き→

知知夫の彫刻神社 「秩父神社」

埼玉県

秩父神社1
荒川の河岸段丘上に広がる秩父市街地の中心部に鎮座している「秩父神社」。

秩父神社2
崇神天皇の時代、初代の知知夫国造(ちちぶこくぞう)が、祖神を祀ったことに始まる。

秩父神社3
現在の社殿は江戸時代に徳川家康の命により建てられた。

秩父神社4
その社殿には左甚五郎の作とされるものを含む、多くの彫刻で飾られている。

秩父神社5
こちらが左甚五郎作と伝えられる「子宝・子育ての虎」。

秩父神社6
「北辰の梟(ほくしんのふくろう)」。
タイトルにもなっているフクロウは意外と小さいので、よく見て探してみましょう。

秩父神社7
「お元気三猿」。三猿といえば「日光東照宮」の「見ざる・聞かざる・言わざる」が有名だが、こちらは逆に「よく見て・よく聞いて・よく話す」。こちらの方針の方が現代には合っているようだ。

秩父神社8
こちらも左甚五郎作と伝えられる「つなぎの龍」。

特に歴史好きや神社好きじゃなくても、神社の彫刻の凄さは見どころ。
この「秩父神社」の参道から、「秩父駅周辺」のレトロ建築群が広がっている。

ハイカラな街並の煌き 「秩父駅周辺 Ⅲ」

埼玉県

前回に続き、秩父駅周辺の大正~昭和初期に建てられたレトロな建物の特集。

秩父駅周辺21
元?メナード化粧品の埼玉販社。
どこかアメリカの田舎町のような雰囲気がいい。

秩父駅周辺22
隣りの駐車場はオンボロトタンが凄い事に。

秩父駅周辺23
昭和2年に開業した際に建築されたこちら「近藤歯科医院」。
木造2階建ての切妻造り瓦葺屋根。

秩父駅周辺24
西洋の建築様式ハーフティンバーを用い、縦長上げ下げ窓など全体的に近代洋風建築の特徴で統一され非常にオシャレ。

秩父駅周辺25
内部は、医院部分を西洋意匠、居住部分を和風の意匠と使い分けている。
和洋の両特徴を兼ね備えた、こちらも傑作!

秩父駅周辺26
淡いピンク色の板張りの外壁が特徴的な「片山医院」。
瓦屋根だが、全体的には洋風建築といえる。

秩父駅周辺27
砂利道の路地裏は、戦後の光景のよう。

秩父駅周辺28
錆びた屋号と木造部分が見るからに古そうな「杉田時計店」。

秩父駅周辺29
昭和初期というより江戸~明治の風情といったほうがしっくり来る木造建築も。

秩父駅周辺30
クリーニング店の時代を感じる看板。
ここまで前のものだと、一回りして今風のイイ女にも見える。

秩父駅周辺は、予想以上の看板建築パラダイス。街として、大正~昭和初期を感じる事が出来る。都内では、どんどんこういった街並が消滅していっている昨今。秩父市は、大きなウリを持っているといっていい!

また街中にはいかにも最近のアニメ看板が時折見られ、アニメファンと見られる人々の姿も。調べてみると『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』という秩父市街地をモデルにしたテレビアニメがあったようだ。秩父が舞台なんて中々ツウだねぇ。

ハイカラな街並の煌き 「秩父駅周辺 Ⅱ」

埼玉県

前回に続き、秩父駅周辺の大正~昭和初期に建てられたレトロな建物の特集。

秩父駅周辺11
前回紹介の傑作・小池煙草店の斜向かいにあるのは「安田屋」。
昭和5年竣工の洋風建築。現在は肉屋。

秩父駅周辺12
その隣りには、これまた目立つ看板建築の「カフェ・パリー」。
昭和2年竣工の木造2階建て。正面の屋根が高く、その屋根を隠す位置までモルタル塗りの外壁が大きく立ち上がった特徴的なファサード。

秩父駅周辺13
レトロフォントな金色の大きな「パリー」の文字が煌く。
小屋裏にあたる位置に窓が付けられ、3階建てを思わせる外観になっている。

秩父駅周辺14
現在は食堂になっている。懐かしいサンプルに惹かれたが、残念ながら開店前で入れずじまい。

秩父駅周辺15
綺麗に塗りなおされているが、古い造りの「PENGIN」という店が入居する建物。ピンクのラインがマッチ。

秩父駅周辺16
建物だけじゃなく、建物脇の路地もタイムスリップ空間は散見。

秩父駅周辺17
看板の文字が消えて、残念ながら何の店か不明の「石城屋」。

秩父駅周辺18
和のテイストが強い、変わった造りの「ワシントン靴店」。

秩父駅周辺19
タイルで装飾がなされた理容室「せきね」。

秩父駅周辺20
その棟続きの木造平屋はビリヤード場になっているよう。

続き→

ハイカラな街並の煌き 「秩父駅周辺 Ⅰ」

埼玉県

かつては秩父盆地の中央にあることから古くから物資の集散地として、また絹織物で栄えていた秩父。

秩父神社1
秩父神社」の門前町としても栄えていた秩父駅周辺は、かつて大宮郷(おおみやごう)と呼ばれ、大正~昭和初期に建てられたレトロな建物が、往時の姿そのままに多く残っている。今回はその大正~昭和初期の名作な建物をじっくり紹介。

秩父駅周辺01
秩父神社の大鳥居の前から伸びる「番場通り」は昔から神社の参道で、敷石が敷かれた通りには古い商店が点在。

秩父駅周辺02
大正~昭和初期には近在近郷の織物工場が取引をするための出張所が立ち並んでいた。
こちらの建物「秩父銘仙出張所」は二戸一棟形式で、中央部で左右対称の造り。

秩父駅周辺03

秩父駅周辺04
現在はそば屋とカフェとして利用されている。木製の建具やガラス窓も建築当初のものが随所に残っている。

秩父駅周辺05
中央部分は2階に渡り廊下があり、その下から向こうの通りへ出られる。

秩父駅周辺06
木造2階建てに囲まれた風情ある通りは、思わずタイムスリップ感覚に陥る。
時代は昭和より、もうちょい前の感じ。

秩父駅周辺07
番場通りにある、傑作の看板建築「小池煙草店」。

秩父駅周辺08
右から左に「小池煙草店」と書かれ、葉(タバコの葉?)のレリーフが並んでいる。

秩父駅周辺09

秩父駅周辺10
窓周りの縁取りなどは、凝りに凝った装飾は芸術品だ。

続き→

浦安タイムスリップ 「浦安魚市場北口商店会」

千葉県

浦安市といえば東京ディズニーランドがあることで有名で、東京のベッドタウンとしても発展してきた街だが、かつては東京湾に面した漁村だった。現在は街のごく一部に漁村の風情を残すのみとなっていて、大通りとマンションが並ぶいかにも郊外のベッドタウンといった街並が主。

浦安魚市場北口商店会01
そんな中、マンション等の新しい建物に囲まれた一角に、物っ凄いオーラを放つ古ぼけた商店街がある。

浦安魚市場北口商店会02
戦後の闇市に由来するというこちらは「浦安魚市場北口商店会」。現在は海岸線も遠いが、かつてはすぐ近くまで海が迫っていたそうだ。

浦安魚市場北口商店会03
一部がコンビニや駐車場になっているが、ほとんどは昔ながらの姿を保っている。

浦安魚市場北口商店会04
アーケードの中で唯一営業中だったのが、入り口近くに韓国キムチの専門店「大同食品」。
真っ赤な看板に、鮮やかなキムチや韓国食材が並ぶ。

浦安魚市場北口商店会05
オンボロの店舗、錆びきった看板。その風情はまさしく闇市のそれ。

浦安魚市場北口商店会06
そして通りに面した中華そば「金ちゃん」。
店名からも想像出来るとおり、ビビンバや焼肉、キムチが評判の韓国系ラーメン店だ。

浦安魚市場北口商店会07
昼過ぎにはシャッターを下ろしてしまう店が多いようで、ゴーストタウンのような不気味さと哀愁を漂わせている。

浦安魚市場北口商店会08
元々海苔の名産地だったという浦安。看板には「乾物」「海苔」と書かれているのが目立つ。
よく見ると看板は何度も文字を上書きしてきた跡が。長い歴史を物語っている。

浦安魚市場北口商店会09
大通りに面した角の「宇田川海苔店」。コンビニと駐車場にジリジリとにじり寄られながらも、どっこい営業中。

浦安魚市場北口商店会10
当初はもちろん、この一角全体にオンボロ店舗が並んでいた。前述のように一部がコンビニや駐車場になっていて、全体が再開発されてしまう日も遠くはない気がする。

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