日本全国冒険紀行

日本全国津々浦々の冒険記。失われつつある追憶の風景・入りにくいけどイイ店・ワンダフルな建築物から知られざるディープスポットまで...全国の面白いものを独自の視点で紹介!!

近代工場発祥の地 「富岡製糸場」

群馬県

群馬県富岡市にあった日本初の機械製糸工場である「富岡製糸場」。

富岡製糸場01
明治5年に操業を開始し、昭和62年まで約115年間操業を続けた。
現在は国の史跡に指定され、明治8年以前の建造物は国の重要文化財に指定されている。

富岡製糸場02
敷地は外観を中心に見学可能。奥に見える大きな建物は製糸場の中心的建物「東繭倉庫」。1階に事務所・作業所、2階は乾燥させた繭を貯蔵していた。長さ104.4m。

富岡製糸場03
建物は木材の骨組みの壁に煉瓦を積み入れて造る「木骨 煉瓦造」という構造。

富岡製糸場04
煉瓦は日本の瓦職人が作ったもの。

富岡製糸場05
煉瓦という西洋の新しい材料を取り入れながら屋根は伝統的な日本瓦で葺くという、日本と西洋の建築技術を見事に融合して建てられている。

富岡製糸場06
生糸や機械の検査を担当したフランス人技術者の住居として建設された「検査人館」。
現在は改修され事務所になっている。

富岡製糸場07
この「女工館」は、日本人工女に器械による糸取りの技術を教えるフランス人教師の住居。

富岡製糸場08
そしてこちら、「繰糸場」。繭から生糸をとる作業が行われていた。

富岡製糸場09
建物は内部に柱の無い広い空間をとるため、従来日本にない「トラス建築」という工法が用いられている。

富岡製糸場10
昭和40年代以降に設置された自動繰糸機が残されている。

現在、富岡製糸場とそれに関連する絹業文化遺産を、世界遺産に登録する取り組みが進められている。登録されるかどうかは分からないが、世界的な歴史遺産である事は間違いない。
見学は外観中心で、思ったより見られる範囲が少ないので、食堂や寮等もう少し建物内部や往時の雰囲気を感じられるポイントがあればいいんじゃないかな~という感想である。
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猿ものは追わず 「手塚スッポン店」

栃木県

宇都宮にある大通りで、スッポン・蛇の店を発見。

手塚スッポン店1
こちらは「手塚スッポン店」。
黒い字で“スッポン”“へび”と力強く書かれた看板。張り紙ペタペタのガラス戸。
この怪しげな雰囲気が何とも。

手塚スッポン店2
ショウウィンドウにはスッポンやへびの効能などが書かれた張り紙と“スッポン黒”などが置かれている。
真ん中にあるのは...頭蓋骨のように見えるが...はて...。

手塚スッポン店3
さ...猿の頭部だ!生々しく毛がついたまま!目玉もあるように見えるぞ!
(写真はモロなので、あえて小さく出しました。気になる方はクリック)
採りたてホヤホヤって感じだ。何でも更年期障害・頭痛・リュウマチに効くんだって。

そういえば、店の看板には、“スッポン”“へび”の前に“猿頭”って書いてあったな。
薬草の名前とかじゃなくて、そのままだったんだ。

翳りゆく花街跡 「所沢・浦町 後編」

埼玉県

元々宿場町として発達してきた所沢。かつて所沢の町は織物業とともに発展し、現在の所沢市有楽町のあたりは浦町と呼ばれる花街が存在していた。
前回の「三好亭」に続き、そんな「所沢・浦町」の名残りを探して歩いてみる。

所沢浦町06
「三好亭」の奥には、風情ある木造屋敷の他にもバラックやオンボロ物件が多く見受けられる。

所沢浦町07
こちらの建物はどうやら店舗だったようで、

所沢浦町08
“やきとり ワンタン”と手書きされているのが見える。

所沢浦町10
浦町エリアから街道側を見ると、向こう側にはどこを見ても高層マンションがこちらを見下ろしている。
この街が賑わっていた頃には想像も出来なかった世界である。

所沢浦町11
あ、ここにも「三好亭」で見た矢羽根の戸袋を発見。
あまり見かけないデザインだと思うが、浦町で当時流行していたのだろうか。

所沢浦町12
まるで背後の高層マンションからのけ者にされたかのように佇む、トタンで覆われたオンボロ物件。

所沢浦町13
劣化具合が激しいが、こちらも何かの店舗だったようだ。
出た!新堀ギター!

所沢浦町14
木製の門と引戸が風情ある昔物件。

所沢浦町09
こちらも窓枠の装飾などを見ると、ただの民家じゃないと思われる。

所沢浦町15
白壁が美しい立派な蔵と松がキマっているこちらは質屋「港屋」。

街道沿いの超高層マンション群が、街に大きな陰を落としている光景。
時代の流れをまざまざと感じる極端な対比。
このエリアまで侵食される日も、そう遠くはないかも知れない。

翳りゆく花街跡 「所沢・浦町 前編」

埼玉県

元々宿場町として発達してきた所沢。かつて所沢の町は織物業とともに発展し、明治時代には織物業生産額が全国トップとなるほどだった。
蔵造りの商家が残っているのは以前「所沢駅周辺」でも紹介したが、現在の所沢市有楽町のあたりは浦町と呼ばれ、織物商人を当て込んだ遊廓が何軒も軒を連ねる花街が存在した。
今回は、そんな「所沢・浦町」の名残りを探して歩いてみる。

所沢浦町01
街道沿いは高層マンションだらけ。のっけから著しい再開発具合に辟易ぎみ。
浦町のエリアは大丈夫だろうか。

所沢浦町02
海老屋横丁という道から浦町エリアへ。
この通りには左側にバラック建て、右側は真新しいマンション。

所沢浦町03
振り返るとバラック建ての向こうに、そびえ立つ高層マンション。
この対比が凄まじい光景を生んでいる。

三好亭01
小さな橋の向こう、風情ある建物が見える。

三好亭02
こちら妓楼跡の「三好亭」。往時の雰囲気を垣間見れる建物だ。

三好亭04
勝手口には、右から左にシブい筆書きの“三好亭”の屋号が確認出来る。

三好亭03
情緒あふれるこのヴィジュアルの大きなポイントが、この矢羽根の戸袋。
状態もよく、矢羽根モチーフの中でも珍しいデザイン。

三好亭05

三好亭07
他にも随所に装飾が施されていて、ポイント高い妓楼跡である。

三好亭08
横から見た「三好亭」。川のほとりってのがまた風情あるよな~。

どうやら現存する妓楼跡は、この「三好亭」のみのよう。しかし妓楼跡が無くても、往時の風情を感じるポイントはまだあるはず。
続き→

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