日本全国冒険紀行

日本全国津々浦々の冒険記。失われつつある追憶の風景・入りにくいけどイイ店・ワンダフルな建築物から知られざるディープスポットまで...全国の面白いものを独自の視点で紹介!!

青い夜霧に黄色の火影 「銅座界隈 後編」

長崎県
前回に続き、「銅座・思案橋界隈」に広がる歓楽街の夜冒険。

銅座界隈11
「思案橋横丁」はネオンがノスタルジックでイイね。
思案橋から「丸山地区」にかけては、江戸時代以来の歓楽街である。

銅座界隈12
さらに奥へと進むと、道がカーブし始め、人通りが無くなってくる。

銅座界隈13
比較的大きな店舗の廃墟。

銅座界隈14
場所的に、以前の冒険で発見した「クインビー」かとも思ったが、定かではない。

銅座界隈15
細い道が分岐する三叉路。
黄色の明かりが眩しい。

銅座界隈16
それにしても屋号がいちいち演歌タッチだな。

銅座界隈17
はちやビルの「ロマンの館」。
ステキなネーミングに萌えるが、どうもやっていないようだ。

銅座界隈18
途中に街灯が無い箇所は、先の明かりを頼りに歩くことになる。
そういえば、さっきから人の姿が無いぞ。

銅座界隈19
古ぼけた木造建築の向こうに、煌々と黄金に光るデカいビルが見えた。

銅座界隈20
こちら「ホテルマリンワールド」。
オンボロ街角の銅座から見ると、まるで別世界の風景である。

夜だと非日常感が増して、タイムスリップしたような感覚を助長する。
日本全国版でも、今後は積極的に夜冒険したいもんだ。
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青い夜霧に黄色の火影 「銅座界隈 前編」

長崎県
以前にも当ブログで長崎市の色々なスポットを冒険し紹介した。日本全国冒険紀行の初期の頃、2012年の事である。
その時の記事「銅座町周辺」で紹介した銅座、思案橋の界隈に広がる歓楽街。是非夜に訪れたいと思っていたが、念願叶ってこの度、夜冒険と相成ったわけである。

銅座界隈01
ここには広い範囲の飲み屋街が広がっているが、様々な通りが交錯している。
なので「銅座界隈」というタイトルで、銅座・思案橋など特に区分けせずに歩いたまま紹介しようと思う。

銅座界隈02
長崎市内で有数の歓楽街となっている銅座。
基本的には夜の街ながら、夜には明かりを消してしまう店も多い模様。

銅座界隈03
所々で暗い区画、暗い路地もあり、それがかえってイイ雰囲気。

銅座界隈04
何か起こりそうな妖しげな路地裏。

銅座界隈05
東京・葛飾の「立石」を彷彿させる、ハイレベルな路地裏も点在。

銅座界隈06
以前訪れた「銅座市場」。

銅座界隈07
市場なので夜には閉まっているが、あの戦後のままのような雰囲気は健在。

銅座界隈08
思案橋のあたりに出ると、人通りも増えてくる。

銅座界隈09
こちら「思案橋横丁」も、ネオンが煌々と光っている。

銅座界隈10
しかし、横丁から枝分かれする路地は急に暗かったり。
面白くなってきやがった。

続き→

我が喫茶店人生の原点 「珈琲 富士男」

長崎県
今回の長崎冒険で、どうしても訪れたい場所。訪れておかなければならない場所があった。
珈琲富士男01
こちら「富士男」である。

珈琲富士男02
個人的な話になってしまうが、実はここの先代オーナーである創業者が親戚であり、幼い頃より夏休みの長崎帰省の際には毎年のように訪れていた。
コーヒーの香り、タバコの煙、そして薄暗い昭和的なロマンチック空間。
今にして思えば現在のコーヒー好き、純喫茶好きの素養は、この頃に培われたものだろう。

珈琲富士男03
つまり毎年全国の純喫茶を訪れてコーヒーを飲み、理想の喫茶店を模索している今の自分の原点が、この「富士男」なのである。

珈琲富士男04
硝子の扉が開くと、懐かしいコーヒーの香り。
喫茶店は店ごとに漂うコーヒーの香りが違うのが面白い。

珈琲富士男05

珈琲富士男06
温かい照明とレトロなインテリア。

珈琲富士男07
まずは何も考えずブレンドを。
リラックスする味わい。

珈琲富士男08
そして次にこのミックスジュース。そうそう、注文するとミキサーの音が聴こえる。
コーヒーを飲めない幼少時は、いつもこのミックスジュースだった。
マンゴーにリンゴ、バナナの味。胸が熱くなる。

やっぱり俺は喫茶店が好きなんだな。
例えば俺が精一杯作った理想の喫茶店が、また誰かの思い出になる。そんな風になれば素敵だな。

原爆被災者と戦没者の冥福を祈って 「福済寺」

長崎県
福済寺01
長崎の駅周辺を散策していると、住宅地に突如として銀色の観音様が現れた。
これは寄ってみないと!

福済寺02
観音様がおわすのは、こちら「福済寺」。1628年(寛永5年)に建立され、崇福寺、興福寺とともに「長崎三福寺」に数えられる唐寺。
この寺の檀信徒には、福建省の華僑が多く、漳州寺や泉州寺と称せられた。本堂(大雄宝殿)などの建造物は、第二次大戦以前、国宝に指定されていたが、長崎市への原子爆弾投下で焼失している。
「フーコーの振り子」については後述する。

福済寺03
入り口は「普賢法界の門」。
獅子の顔?と、その上に謎のオブジェ。

福済寺04
通り抜けると、反対側は白象。元々は唐人らにより建てられた唐寺であり、このあたりはらしさといえる。
謎のオブジェは釣鐘だった。

福済寺05
この釣鐘は「鎮魂の鐘」。
時を告げる鐘ではなく、1945年(昭和20年)の原爆による7万人余りの犠牲者の御霊安かれと念じるため、原爆炸裂時刻の午前11時2分に毎日鳴らされるそうだ。

福済寺06
鎮魂の鐘から振り返ると、向こうに銀色の観音様が見える。

福済寺07
存在感抜群のこちらは長崎観音。正式名称は万国霊廟長崎観音で、原爆被災者と戦没者の冥福を祈って1979年(昭和54年)に建立された。
巨大な亀の形をした霊廟を台座として建っており、周りを童子たちに囲まれている。

福済寺08
高さ18mで、アルミ合金製。
内部には地球の自転を示す「フーコーの振り子」が取り付けられている。
戦前は国宝に指定されていた唐寺だが、現在は原爆被災者と戦没者の冥福を祈る意味合いも強くなっている。

愛と悲しみの鎮魂聖堂 「日本二十六聖人記念館」

長崎県
前回の「長崎駅周辺」で発見した、ガウディ風の謎の双塔。

日本二十六聖人記念館1
結論から言うと、日本二十六聖人の顕彰を目的としてカトリック教会によって設立された「日本二十六聖人記念館」の物。記念館は日本二十六聖人の列聖100周年にあたる1962年に開館した。
日本二十六聖人とは、豊臣秀吉の命令によって長崎で磔の刑に処された26人のカトリック信者。

日本二十六聖人記念館2
こちらの塔があるのは一体の施設である「日本二十六聖人記念聖堂」。
設計は記念館も含め、アントニ・ガウディの研究者でもあった今井兼次。
こちらの建物もガウディのスタイルを意識的に取り入れたそうで、ガウディ風というのもやはり間違いではなかった。

日本二十六聖人記念館3
天使の羽をかたどった紡錘型の2つの塔が特徴的。

日本二十六聖人記念館4
こちらが「日本二十六聖人記念館」。

日本二十六聖人記念館5
記念館の壁面にはモザイク画がある。

日本二十六聖人記念館6
こちらは日本二十六聖人殉教跡。

日本二十六聖人記念館7
記念館に隣接する西坂公園内に建立されている、記念碑「昇天のいのり」。
殉教した日本二十六聖人を可視化したというか、訪れた人も実感がわきやすくなる碑である。

日本二十六聖人記念館8
花崗岩製高さ5.5メートル、幅17メートルの台座に、二十六聖人を模したブロンズ像が十字型にはめ込まれている。

日本二十六聖人記念館9
26人の中に一際小さい人がいる。処刑された一行の中には12歳と13歳の少年がいたのだ。
一行は、キリストが処刑されたゴルゴタの丘に似ているという理由から、西坂の丘を処刑の場として望み、群衆が見守る中、槍で両脇を刺し貫かれて絶命したのである。

彼らの遺骸は多くの人々の手で分けられ、日本で最初の殉教者の遺骸として世界各地に送られて崇敬を受けた。
今回初めて訪れたが、何とも厳粛な気分にさせられる。

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