日本全国冒険紀行

日本全国津々浦々の冒険記。失われつつある追憶の風景・入りにくいけどイイ店・ワンダフルな建築物から知られざるディープスポットまで...全国の面白いものを独自の視点で紹介!!

雰囲気抜群の観音堂 「岩室山龍性院 岩室観音堂」

埼玉県

今回は「吉見百穴」に行く途中に見つけた、オーラ抜群の観音堂を紹介。

岩室観音堂01
こちらは岩室山龍性院の「岩室観音堂」。
元々は弘仁年間(810~824年)に建てられたとされるが、兵火にあって焼失。
現在の物は江戸時代の寛文年間(1661~1673年)に再建されたものだという。

岩室観音堂02
江戸時代でもかなり古いものだ。こんな凄い物が、こんな風にポツンと残されているなんて。やはり強烈なオーラを放っている。
お堂は懸造り様式と呼ばれる造り。大規模なもので言うと、京都の清水寺などがある。

岩室観音堂03
両脇の洞窟内には石仏が納められている。

岩室観音堂04
こちらは四国八十八箇所弘法大師巡錫(じゅんしゃく)。
地蔵には沢山のお札が貼り付けられていて、地元住民の信仰心を窺い知ることができる。

岩室観音堂05
反対側。

岩室観音堂06
全部で八十八体の仏像が奉ってあり、

岩室観音堂07
一体ずつ全てを拝めば、四国八十八箇所巡りをしたのと同じ徳があるらしい。

岩室観音堂08
また、この「岩室観音堂」は上に行く事もできる。
こちらも雰囲気・眺めともにバツグン。

岩室観音堂09
観音堂の向こうには急坂が。
これにメンバーが怯んだため、この先は割愛。

岩室観音堂10
代わりに、くぐると願いごとが叶うというハート型の「胎内くぐり」をやっておきました。
スポンサーサイト

埼玉のカッパドキア 「吉見百穴 後編」

埼玉県

前編に引き続き、「吉見百穴」の冒険。
吉見百穴10
後編では岩山の最下部にある軍需工場トンネル跡へ。

吉見百穴11
太平洋戦争中に、中島飛行機の地下軍需工場を建設するため掘り出されたトンネル。
内部は思ったより広い。

吉見百穴12

吉見百穴13
これらの軍需工場トンネルの奥は危険なため、途中から鉄柵でふさがれている。

吉見百穴14
3ヶ所の坑口が掘り出されていて、その際に元から存在していた横穴が十数個崩されて消滅しているそう。

吉見百穴15
この「吉見百穴」の最大の見所は、やはりこの最下部の軍需工場トンネルか。
この暗く幻想的な雰囲気は、まさに我々の大好物。冒険指数が高い。

吉見百穴16
歩いていると、床や壁が妙にゴツゴツ・ボコボコしているのに気付く。

吉見百穴17
ここの掘削の際には、3000~3500人の朝鮮人労働者が動員されたそうで、トンネルの内壁はほぼ素掘りのままとなっている。
残しておかなければならない、歴史の1ページである。

吉見百穴18
内部は涼しく、夏でも涼風が吹き出すことがある。
この日もひんやりとした空気が張り詰めていた。

吉見百穴19
こちらは最初と違う坑口。最初に入った入り口に比べて広い。

吉見百穴20
こちらの岩山の異様なビジュアル。悪の秘密結社の基地といった雰囲気にピッタリなのか。
仮面ライダーやウルトラマンシリーズなどの実写特撮番組のロケ地として、たびたび登場している。

埼玉のカッパドキア 「吉見百穴 前編」

埼玉県

埼玉県比企郡吉見町にある古墳時代後期の墓群遺跡、「吉見百穴」。

吉見百穴01
ご覧の通り岩山の斜面に多数の穴が空いている。

吉見百穴02
穴の数は219個だそうで、横穴墓群の遺跡としては日本一の規模。
まるでトルコのカッパドキア遺跡のような、異様な遺跡である。

吉見百穴03
まずは岩山にある横穴墓群を見てみる。

吉見百穴04
山の上の方にまで横穴が開いていて、大きさも一定ではない。
コロポックルの住居説もあったそうで、たしかに小人とか妖精が住んでいそうな雰囲気がある。

吉見百穴05
内部を見学できる穴もある。

吉見百穴06
古墳と同様の台座状構造があり、ここに棺桶を安置した。
しかし、それより心無い見学者による落書きが非常に気になる。コイツら...。

吉見百穴07
岩山下方には、ヒカリゴケが自生している穴も。

吉見百穴08
入ることはできないが、関東平野のヒカリゴケの自生地は貴重。

吉見百穴09
岩山の最下部に大きなトンネルがある。

吉見百穴10
太平洋戦争中に、中島飛行機の地下軍需工場を建設するため掘り出されたトンネルである。
この最下部にこそ、我々的見どころが存分にあった。
続き→

執念が造りだした未完のアジト 「岩窟ホテル」

埼玉県

バスを降りて「吉見百穴」へ向かう人を惑わせる、怪しいオーラの岩盤の穴群。

岩窟ホテル1
こちら「岩窟ホテル」。
ホテルといっても、ホテルとして営業されたことは無い。

岩窟ホテル2
明治37年から大正14年にかけて、この断崖をなんとたった一人でひたすら堀って、内部に部屋を作った農夫がいたそうだ。

岩窟ホテル3
ノミひとつでコツコツ掘りあげたという、このエキセントリックな建造物。
2度も崩落事故があって、以来立入禁止になったそう。

岩窟ホテル5
ネット上では昔の写真もアップされているが、岩に装飾が施されていたり、思った以上に手が込んでいるのが分かる。

岩窟ホテル4
吉見百穴にあやかって、宿泊施設にするつもりだったのだろうか。
特に下調べもしないで訪れた人は、「これが吉見百穴かぁ~」ともなりかねない。

岩窟ホテル6
心霊スポットとしても話題になっていて、2階の穴からは霊の目撃情報があるらしい。
確かに、錆びた洋風の柵が不気味な廃墟の雰囲気を助長する。

岩窟ホテル7
現在は遺族の人たちが管理しているらしいが、立入禁止にしている以外、特に進展もないようだ。

岩窟ホテル8
一人の男が執念で作り上げたのに、目的は達成されないまま放置。
その怨念が、今も渦巻いているとでも言うのだろうか。

チョコミントのモダン校舎 「松山高等学校記念館」

埼玉県

埼玉県東松山市にある松山高等学校の敷地内に大正時代に建てられた木造のモダンな旧校舎がある。

松高記念館1
旧制松山中学校の校舎の一部を保存した「埼玉県立松山高等学校記念館」。通称・松高記念館。
大正12年に完成した木造2階建の様式建築。

松高記念館2
中央には車寄せがある。

松高記念館3
屋根には塔屋が備わっていて、ドーム屋根にペディメントの装飾が施されている。

松高記念館4
印象的なミントグリーンをベースにチョコレート色の屋根や枠・梁等。まるでチョコミントのカラーリングだ。

松高記念館5

松高記念館6
縦長の窓が板チョコに見えてくる。
チョコミントのイメージが一旦付いてしまったら...。

松高記念館7
後付であろう水道も、ミント色。

松高記念館8
日曜だったこの日は閉まっていたが、平日には記念館がオープンしていて内部も見学できるようだ。

校舎の一部と前述したのは、元々あった両翼が切断され、エントランスを中心とした現状の形が保存されているのだ。
解体の話が反対意見で覆って移転・改修となったそうで、学校のシンボル的な存在となっている。

« »

05 2017
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
姉妹サイト
プロフィール

k.shun10

Author:k.shun10
O型天秤座♡
長崎生まれの東京育ち

ブログスカウター
検索フォーム
 
 
 
 
ブロとも申請フォーム
 
 
 
QRコード
 
QR